おゆきの日々

 秋田・八幡平の山懐で:                         

折々の日誌 今年初めて気が付いたこと


 2018.1.7



 私が日ごろ裸眼で太陽を凝視していることは、もうご存知の方も多いと思う。
実践し始めてかれこれ3年余りにもなるだろうか。
初めて聞いた方からは異口同音に「それって大丈夫なの、失明しちゃうんじゃない?」と言
われた。心配される向きも多いのは確かである。
でも今のところそれをしたことによって目がおかしくなったということは何もない。
それどころかあんなに眩しがり屋だった私が、今は全くサングラスを必要としなくなった
ことだ。

車に乗っていて、フロントガラス越しに正面から陽が差し込み始めると以前はすぐサンバイ
ザーを下げ、動く向きによって小刻みにそれを動かして太陽を防いでいた位なのに、今は何
も気にならない。
そればかりか太陽を真正面に受けて、じっと見つめながら走っていることが多い。

なかなか決まった時間に凝視する時間が取れないので、わずかな時間でもいつでもどこでも
出来る時に行うことにしていて、もうそんな習慣がついて久しくなる。
そうして昔はちょっとの光でも眩しくて辛かったことが嘘のようになってしまっている。

 さて昨日そんな私が初めて気が付いたことがあった。
私としたら大発見であった。
それは人は眩しいものを仰ぎ見る時は目を細め、それと共に自然と口元の両端がクイ~ッと
上がることに気がついたのである。何回試してみても同じようになり決してへの字にはなら
ない。への字の口元は見場のいいものではないし、そんな顔見ていたくはない。
それに対して何回やっても笑う口元、オ~ッこれって凄い!やっぱり太陽凝視って素晴らし
いことなんだ、と何だか訳もなく楽しい思いにつながった。

太陽を凝視する効能については色々書かれているけれど、その理由を詳しく覚えているかと
言われれば恥ずかしいけれど殆ど頭に入っていない。
けれどその話を初めて聞いた時、瞬時にこれはいいことに違いないと私には思え、即実践を
開始した。
理屈は抜きのことが多く、感覚的なところで判断してしまう事が多いので、こんなところは
「よく判るように説明してくれ」と度々夫に怒られる部分だけれど、しようがない。

 一昨日は殆ど一日中雪が降らなかった。昨日の午前中はまた晴れてくれたのを幸い、至る
所に溜まっていた雪の山をこの時とばかり夫は除雪していた。
私も室内ばかりにいても身体がなまってしまうのでたまに除雪の手伝いをする。
昨日もまだ陽の照っている内に外に出て思い切り汗をかいた。40分程の除雪で大分疲れたの
で一休み、スコップの先にお尻を下ろし足を投げ出すと、丁度太陽を仰ぐのに恰好の姿勢に
なったので早速太陽を凝視することにした。
眩しさに目を細め焦点を合わせている内に、ふと口元の感覚が上がっていることに気が付い
たのである。
太陽を見るのは微笑むことになるんだと思ったら嬉しくなった。
早速試してみる方はいませんか?! 

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