癌から復活物語 >その7 東京の治療室
7〔東京の治療室〕
ゴールデンウィーク最後のお客様をお見送りしたその足で、パタパタと宿を休館にし早々に2人で東京へ向いました。
「自然治癒増進協会」、池袋のサンシャインビル8階に東京の治療室はありました。
その階の全てがマンションになっており、その数部屋を協会が借り受け、各部屋に親族と一緒の2人ずつで3週間過ごすようになっていました。
中央の大きな間取り部屋がこの協会の組織の中心、昼間はここに午前と午後の2回マッサージを受けるために全部屋から人が集まり、マッサージを受け終わるとそれぞれの部屋に戻ります。
私たちは丁度その中心の部屋に3組で過ごす事になりました。
私たちはそのお陰でマッサージを待つ間も、その後も、殆んどが医者に見離された沢山の方々と接することができました。
真っ黒い顔の方、白目がまっ黄色の方、腹水でお腹がパンパンの方、と実に様々でした。
着いた翌日マッサージの順番が来た時私は全員居並ぶ中で、「ところであんた、ここには何で来たか判ってますか?」と聞かれました。
「体質改善のため・・・」と答えると「あ~そう、そう聞いてるの、でもあんた癌だよ」と今まで誰も教えてくれなかったことを初めてはっきりと告げられ「それもあと1年位だそうですよ」と続けられました。
知らなかったことへの突然の驚きはあったものの、「ハ~そうなんですか~」と不思議に落ち着いていました。
以来何やらもやもやとしていたものが落ちてすっとした気分になり、そこで様々な方達と過ごす一風変わった生活が面白くて、興味深い日々となりました。
同室で1組退院されるとまた新しい1組が入ってこられます。
数日後私たちの部屋に新入りさんがこられ、全員の前で私が告知を受けた時と同様にことは進み、「喘息がよくなるからと・・・」と「そ~、でもあんた肺癌だよ」・・・とその奥さんもやはり初めて告知を受けたようで呆然とされていました。
周囲のみんなから「だ~い丈夫ですよ」と励まされながらもご主人の方を振り返り「だって、あなたが・・・」と言われたご主人は黙って頭を垂れてしまわれました。
その夜ショックで彼女は泣き明かしたそうですが、翌朝私の顔を見たら何だか楽しそうなので大丈夫だ、と思えてきたと言ってこられました。
そこでの食事は朝昼晩の3度、カップに乳児用の粉ミルクをミルク缶付属のスプーンすりきれ10パイを400ccのぬるま湯で溶いた物に、生の全卵2ケを加えかき混ぜてドロッとした状態の物を飲むのが基本でした。
他にはバイエム酵素、五健草などを入れたり、バナナを食べたり、好みならフレッシュジュースも置いてありましたが、私はあまり飲まない方でした。
ミルクも、生卵も、バナナも大好きな物ばかりで、全くこの食養生が苦にはなりませんでした。
人によっては、ミルク駄目、生卵苦手、となかなか食が進まない方も多いようでした。
夫は幸いいつも残さず飲んでいましたが、正直言えばもうちょっと美味しければな~とボヤイテいました。
更に私は普段から間食を滅多にしない方だったので、お菓子が食べられないことの辛さは感じないで済んできましたが、甘党の方達にはまさに苦行だったようです。
健常者の付き添い親族も、全く同じ食生活を一度は味わっておくべき、と体験させられましたので、普段から食欲旺盛気味の夫にはこれまた大苦行であったことでしょう。
8〔粉ミルク断食〕につづく