おゆきの日々

  今どきこれって贅沢かもしれない?そんな何気な~い生活の日々そして常識と非常識の逆転もあり?の日々

折々の日誌 >久々の八幡平頂上へ


2016.9.12

 ここのところはっきりしない天候が続いている八幡平。
明日からまた雨模様が続きそうな気配だった前日の昨日
、実に久しぶりに2人で八幡平頂上へ登ってきた。
朝起きると空気がピリッと、空も青く澄んでいた。最近全く八幡平へ登っていないことが何故か気にかかり始めていたので、こんな時こそ思い切って行ってみようと即、決めた。

慌てて支度して出発は10時頃、車で丁度30分だった。
ホントにホントに久しぶり、色んな場所果たして覚えているだろうか?と言う位な時間がたってしまっていたのでちょっと嬉しくてドキドキ!
頂上の有料駐車場を横目に数メートル岩手県側に下りたところにある無料駐車場に車を置く。
上り口まで歩いて2、3分。
そこから石畳の階段状になった登山道を登ること15分程で見返峠、ここから左へ、八幡沼の左側を通るコースになる道を5分程で左手がガマ沼のほとりに出る。

ガマ沼は火山口に出来た小さな火口湖の一つで、沼のきわから一気に深くなっているような神秘的で濃い藍色をした私の好きな沼の一つだ。
左手の角にガマ沼展望台があり、ほぼ向かいあっているような感じで右側に、はるか数メートル下に広がる八幡沼を見下ろす展望台がある。

八幡沼は広大な高層湿原の中央に位置する八幡平の瞳と言われるほどの美しい沼だ。青空を映す湖面は明るく深い青に輝いている。
どちらの展望台でもひんやりとした風が、登りに少々上気した肌をなでてくれ心地よいことこの上ない。ここが頂上の三角点~駐車場方面へと、八幡沼、源太森方面への分岐点になっている。


ここに懐かし~い、姉妹が乙女の頃の白黒写真を一枚!
まだ石畳の歩道も展望所もなかった頃の頂上、八幡沼をバックに。
頂上への石畳、階段もなく道は泥だらけでした。
(昭和41.10月)



今回はまず八幡沼の左脇を通り源太森方面へのコースをとってみた。
展望台からは右側の急坂を一気に下る。右の斜面沿いには段々状にベンチが幾つか並び、少し早い昼食を開いている休憩の人々がいた。
道の左側は、いい季節ならヒナザクラの群落が見られるところ。でも最も近い前に来た時は昔の群落の半分以下に激減していて驚かされた記憶がある。殆ど地面が禿げてしまっているとしか昔を知る私には見えなかった。

     
至る所で懸命な復元処置が、流されないよう根着きを良くする為か網目状の物も敷かれて。

急坂を下り切った正面に 避難小屋の陵雲荘がある。
湖畔に立つ立派な無料の小舎で、トイレは洋風のバイオに作り変えてあり、臭いも気にならないのがこんな高い所でさすが、と思った。
ストーブも大き目の鋳物製で薪も沢山入りそうな立派なもの。天板もまだきれいだし、これなら暖を取るにも煮炊きにもいい具合に使えそうで、ここに居れば遭難しそうになっても助かりそうだし、何よりこのストーブは我が家にも欲しいと思ったほど。
2段式の山小屋風ベッドも、床板や階段の手すり棒もしっかりしたもので、今の避難小屋は本当に立派でよく作られているなあと感心してしまう。



陵雲荘からは湿原の中を伸びる真新しい木道
を進む。

木道は数年に一度は作り変えられているようだが、豪雪の下、そう長くは持たないだろうことは容易に感じ取れる。今回の木道の刻みは洗濯板状に似て小刻みで 大変歩き易かった。こうした工夫も作りかえる都度考えられているのだろうが、本当に大変な労力がかかっていることだろう。



湿原の中の木道を歩いていると時々雲が張り出してはきたが幸い歩く頭上は青空で、爽やかな風が吹き渡り心身ともに大きな開放感を覚える。
湿原の植物は心なしか色づき始めてはいたけれど、草紅葉にはまだちょっと早いような気がした。


木道の脇のそこここに名残りのリンドウが、
目を楽しませてくれている。
せまる秋の風に少し震えながら・・・








けれど木道は八幡沼の脇を過ぎた辺りから極端に変わってくる。今までのような真新しい物ではなくなり所々折れている箇所もあり、夫も私もつまづきそうになった所もある。
刻みも大分前のようで大まかなものであり、これは古いまま管理されていないようにみえたが、多分頂上駐車場から八幡沼までで引き返す人の方が多いため、そちらを中心にここまでは手が届かないのかと思われた。

時おり(日曜なのに)すれ違う人々と、「こんにちは~」の挨拶を交わす。あゝなんて久しぶり、山の礼儀(おきまり)の挨拶、楽しいなあ。一体何年こんな感覚から遠ざかっていたのだろう!
懐かしく新鮮な感覚としてよみがえってきた!
源太森までは分岐から20分程、頂上はこじんまりとした空間で、ここからは伸び伸びと広がる高層湿原の様子が大パノラマ状態で見渡すことが出来る。風は冷たくきついがやはり爽快だ。


湿原には幾つもの池塘が点在、周囲をアオモリトドマツ、ハイマツなどの広大な樹林帯が包む。

ここから分岐まで折り返し、今度はガマ沼から八幡平頂上の三角点を経てめがね沼、鏡沼~駐車場までおよそ40分程を行く。
頂上は1,633m、三角点は八幡平(はちまんたい)と名前の通り平(たいら)なので、ホンのわずかな高みに櫓を立て、ここだよ、と判るように設置してある可愛い頂上だ。

周囲はアオモリトド松に囲まれ視界は殆ど
きかないけれど、上ってみればやっぱり
頂上まできたな、という実感を味わうこと
が出来る。
たまたま途中で地元の山案内人の知人に
お会いして、ここでもまたお会いし、彼
が頂上標識前で私たちの記念写真のシャッターを押して下さった。
彼はもう80歳!未だに数人位ずつの案内
をかって出ていられるそうで、血色の良い
そのお元気な姿には驚かされ、いつも感心
させられている私たちのこれからのお手本
のお1人でもある。


 忙しいからと大した用事でもないのに何かのせいにして、すっかり足元の豊かな自然の素晴らしさから遠ざかってしまっていた。
山菜採りや木の実採り、と食べることの恩恵の方にはせっせと気が向いていたのに、大自然の中に身を委ね自分を解放してみることをすっかり忘れてしまっていた気がする。
あまりにも懐の中に入りすぎていてその贅沢さに気付かず、いつでも行けると思っていたようだ。けれどやっぱり自分から動かなければ、どんなにいい場所にいようとその価値を心からは味わえないことを知ることができた。

今回の総行程2時間半、約5~6キロ、大した行程ではないかもしれないが、私にとっては無事歩きとおすことが出来たのは嬉しいこと、いい運動になって楽しく爽やかな半日となった。
突然の登山行ではあったけれど、普段は殆ど歩かず登りの苦手な私にとって八幡平は、丁度いいコースだったと改めて感じ、花の美しい季節にまた訪れてみたくなった。そしてこんな近くに素晴らしい場所があったことに感謝しなければ。

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しかし・・・
頂上の有料駐車場は車もパラパラ、日曜日だというのに淋しいばかりの光景。それを横目に数m岩手県側に下りたところにある無料駐車場に行くと、こちらはわずかに多く並んでいた。
それでもナンバーを見れば殆どが秋田県、お隣の岩手県か青森県で、離れた関東関西方面からの車は滅多に居ない。
昔のことばかり言って申し訳ないが、今頃でも日曜日であれば駐車場は大混雑であった筈、すれ違う人達の数も段違いで、挨拶の言葉だけでも楽しかったが仕舞いにはくたびれて大変でもあった。そんな光景を思い出してしまうとやっぱり淋しい。

こんな光景は今、首都圏から遠く離れた観光地のどこへ出かけても同じで、温泉さえあればドッと人が押し寄せた時代はとっくに変わってしまっている。観光地だけの問題にとどまらず日本全体が閉塞感に包まれて、言いようのない重苦しい空気を常に感じさせられている。
テレビを点ければ見るに絶えないお笑い系、旅番組でもグルメが主流、他に健康サプリ、美容関係、ゲーム、と何だか刹那的なものばかりに逃げ道を求めているかのように思える。

世界も、また国内の情勢も混沌として放射能問題は解決策すら見えていない。
日本人の品性は薄れ、人々の心もギスギスと荒れて見え、心の余裕が感じられなくなっている。
ここに住んでいる限りではまだ都会よりは穏やかな心情でいられるが、都会からのお客様たちの話や信じられないような事ばかり起きる世間を賑わすニュースなどを見聞きするほどに、先のことを考えることさえ恐ろしい気がする昨今。

まあ、そんなことばかり言っていては何も始まらない。こんな時だからこそ、ここで思い切りの深呼吸をしてみようか。たまには大いなる大自然に囲まれ、その中にゆったりと身を任せてみることも必用だな、とつくずく思った。


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