おゆきの日々

  今どきこれって贅沢かもしれない?そんな何気な~い生活の日々そして常識と非常識の逆転もあり?の日々

折々の日誌  新年の初ドライヴ

         
2017.1.18

   昨日、その前夜に急に思い立って新年初のドライヴへ出かけてきた。
コースは盛岡ー宮古ー浄土ヶ浜ー小本ー岩泉ー岩洞湖ー盛岡ー帰宅。

 ここ数日、大寒波、大雪の混乱で全国的に天候の大荒れが続いていたが、当地も同様大雪の日々で夫は毎日のように除雪に追われていた。
久しぶりに昨日はそんな日々の中休み状態、予報を見るとその日だけがお日様マークがつき、その後はまた雪のマーク、この機会を逃すとまた雪の日々になってしまう。
そこで急にドライヴへ出かけよう!と言うことになったのだけれど、こんなことはよくある私たち。
長い雪のこの時期の気分転換であり新年初のドライヴとなった。



 急に出かけることを決めたのはいいけれど、またよくあることで今度も家を出て何箇所かの分岐点まで目的地が定まっていなかった。そんな時の最初に進む方向は小舎から北のR341号は冬季閉鎖になっているので始めは南下するしかない。そして次は分岐点のギリギリで北側が秋田か弘前、青森方面の日本海側か、南側が盛岡や花巻辺りから太平洋側に出るコースに決めることが多い。

今回は予報では太平洋側の方が晴が多く、R341282の長嶺分岐で東方向の空具合を見たら、やはり西側よりも青い空の面積が多かったので、それでは太平洋側へということになった。
それでまずは282ので盛岡方面へ向かったが、やっぱりこの時期海を見たくなったので宮古まで走ろうということになった。

盛岡のR4号線からR106号の宮古方面へ曲がり、途中から新しい自動車専用道が少し出来ていることを思い出し、そちらの起点から入った。専用道であるだけに区界まではずっと早くそこからは旧来通りの国道で宮古まで進む。
宮古まで行ってからどうする?とまたもや問題が。どうせなら浄土ヶ浜まで行ってみようと言うことに
なってしまった。盛岡から約90kmの所、かなり遠い!

 好きで何回も行っている場所だけれど、いつも駐車場からテーマ館内を下り、海岸伝いで浜まで行っていた。これだと景色はいいが結構歩くので時間もかかった。
若い頃、リュックを背負っての一人旅で、観光バスに揺られて行った事があった。確かバスは直接浜の前に着いたことを思い出し、今回は昔通っていた道を見つけられたので車で簡単に時間を短縮して着くことができた。出発が遅かったので浜に着いた時はすでに3時半頃になっていたので助かった。

 昨年は震災後は初めてだったけれど、浜の様子が随分変わっているのに驚ろかされた。それでも真っ青な空にドド~ンと打ち寄せ、岩に砕け散る大きな白波たつ青い海に目を見張った。


いつまでも見飽きることはなかったが、今回も全く同じ素晴らしい光景だった。


  不思議な波立ちの海→→→
 日陰部分の白い石ころ→→→


 手前の白い部分は雪 →→→




車から外に出るとマイナス温度の世界だったが、寄せ来る度に変化する荒々しい白波の形がやはり見飽きることなく、立ち尽くしてしまった。





 
 

夫はと振り返ると昨年も同じことをしていたと思うけれど真剣な顔で黙々と浜の石を積み上げていた。
「オブジェだよ、去年の物もまだあるかな~?」と楽しそう。
この浜の石はすべすべと白く実に美しいので、石好きの私にも触りたくなる気持ちはよく解る。でも
去年のなんてもうないんじゃない!

 浄土ヶ浜からの帰路は小本から岩泉を通り、岩洞湖を抜けて盛岡へ出て戻るコースをとった。
R45号小本からR455号へ折れ岩泉へ入った辺りから、国道沿いに流れる川のふち周辺の木々が一定方向になぎ倒された異様な光景が続くのが気になった。始めは「何だろう、どうしたんだろう?」と思ったけれど、一瞬にしてこれが昨年の台風10号の傷跡だったことに気付いた。

「岩泉」と聞くと私のイメージでは龍泉洞のある場所で、細い谷間の場所を勝手にイメージしてしまっていた。それで今回通過する場所がその只中だった場所とは思ってもいなかったことは不覚だったと言えばそれまで。考えたら「岩泉」は日本でも1~2位の大きな町、一概に「岩泉」と言ってもそれこそ広大な範囲で、ここもその中の一つの区域だったということに今更ながら気付かされた。
その時の台風のコースがそれて私たちの家は無事に済んでいたのに、と申し訳ない気持ちにもなった。

仲間の1人の女性が3年間のボランティアで宮城県の応援を勤め上げた後、昨11月からこの3月まで今度は岩手のこの岩泉町で応援の勤めをしている。避難生活を送られる町の方々のためその彼女が懸命に働いている場所でもあった訳だ。
避難生活経験者でもある私たちには、たった4ヶ月でも大変なことだったのに、この先の期間も判らない状況がどんなにお辛いことかと想像してしまう。
今この地区のどこかにいる仲間に元気で地元の皆さんのために頑張って!と、せめてもの声かけをして通り過ぎ、帰宅したのは夜も9時半を過ぎていた。

 今回のドライヴはまたまた素晴らしい海を見られ、最後まで信じられない位の快晴の天気、大いに気分転換をはかることが出来たけれど、同時に自然災害の恐ろしさと人々の生活の難しさを考えさせられ複雑な思いをした一日となった。


 ↑ PAGE TOP

折々の日誌 > 次へ  新年の初ドライヴ 前へ